不眠不休の覚悟

9月になりました。アクティブコーポレーションに3名の社員が入社しました。

1名は事務で、2名は営業です。そのうち1名は豊川営業所に配属予定です。

私は豊川営業所で所属長というポジションを頂いていますので、それなりの覚悟が必要です。

私は最近徹夜をしていません。40を超えてからというもの、お付き合いの麻雀で朝まで起きていた事があったり、朝まで飲んでいた事があったとしても、その後は寝てしまってますので、徹夜というよりは夜更かしをしただけといく状況が何度かありますが、朝まで仕事をして、そのまま仕事を続けるという事は、ここ最近全くしていません。

20代の頃、あるテレビ局のCM管理システムを担当していました。当時、アナログ放送からデジタル放送に変更になる時期で、テレビCMもテープを繋いで放送するのではなく、CMデータを組み合わせて放送する仕組みに変更が入るという時でした。

私は編成という部署を担当し、CMの順序を設定するプロジェクトのリーダーを任されていました。帯でCM枠を購入しているタイムと呼ばれるスポンサーと、時間が空いたらCMを挿入するスポットと呼ばれるスポンサーをCMが放送出来る時間に差し込む事が一番のミッションで、更には競業の禁止(トヨタのCMの次に日産のCMが流れる事を禁止したり、タバコのCMの後に薬のCMが流れる事を禁止したりする事)等が自動で出来るシステムを構築していました。

システムの切り替えは容易ではなく。納品直前から納品修了となる時は徹夜のオンパレードでした。

納品の直前は頭の中で何度も納品のイメージを想定し、顧客のサービスが停止している、ほんの数時間に作業が完了するようにシュミレーションをします。数人が異なる作業を分担し、作業効率がもっとも上がる手順を考えます。ガンチャート図を書き、どこをどの順番で誰が何を担当すると最も早く作業が進むのかを何通りもシュミレーションして、最適化を求めました。

限られた人数と限られた時間で、絶対に時間オーバーが許されない作業なので否が応でも緊張が高まります。

納品の集合時間は18時。途中でご飯が食べる必要がないよう、各自食事を済ませて集まります。私は既に前夜に徹夜をしており、2時間程度の仮眠で納品本番を迎えました。

そして、いざ作業開始、最初はコンピューターエンジニアとは思えないような作業が続きます。機材を台車で運び、ナンバーを割り振った器材を使い易い順番に並べていきます。電源を取り、マシンを立ち上げ、異常が無いかを確認します。ある程度の準備が進み、少しの休憩を取った後は、休憩なしの大勝負に突入します。

ガンチャート図に従って自分の時間をクリアするのが第一目標、そして、他の人の作業を待つ間がほんの少しの休憩時間になるのですが、自分が遅ければ他の人が休憩をし、自分が迷惑をかけてしまっているというプレッシャーの中での戦いになります。私の場合は、機械と機械の間を走り回ってディスプレイを確認し、状況を把握していくのですが、あれだけシュミレーションしたにも関わらず、思い通りに進まないセクションが生まれます。その場で修正対応し、納品完了を目指します。

タイムリミット直前までテストを繰り返し、休憩も取らない作業が続きます。納品が完了し、夜が明けても作業は終わりません。膨大なデータに不備がないかを確認し、そのまま保守作業が続いていきます。時計の短針が2週すると眠気は吹き飛び、緊張で冷や汗が止まらなくなり、胃がキリキリと痛みます。納品完了したいのに、完了確認を少しでも伸ばしたい、もっと後にして欲しいという真逆の気持ちが生まれてきます。

そして、納品完了を貰い、家路につく頃には精魂尽き果てているのです。納品は一度では終わらず、何度もバージョンアップを繰り返します。その度に神経が磨り減り、寿命が縮まるような緊張の日々が訪れるのです。

今思えば、エンジニアの仕事は楽しくなかったように思います。学生時代に思い描いていた花形のプログラマーの姿は現場にはなく、一生懸命作ったプログラムは動くのが当たり前、正常に動いて当然と評価される事で、虚しさに近い感情が持つようになりました。

何度も徹夜をし、不眠不休で戦っていた20代。今、同じように仕事をしろ!と言われてもかなり厳しいと思います。20代の頃の意欲、そして無我夢中で取り組んだバイタリティが懐かしいです。

しかし、新しい仲間が営業所にやってきます。会社に入ったばかりで右も左も分からずガムシャラに頑張ろうとする仲間の為に、もう一度不眠不休に挑戦したいと思っています。無我夢中でガムシャラに打ち込んで貰う為には、自分も同じレベルの意気込みで付き合う必要があると思っています。

以上です。